ネガティブとかについて思いをはせる

いじめとか、鬱とか、ネガティブについて考えたり思ったことを呟いたりしていたのですが、愚痴も多かったり。

シネと言われたことがある

この言葉は誰から言われても辛いが、一番堪えるのは両親からの言葉だ。


頑張って勉強してるのに、努力したのに。

役に立たないならいっそシネと。



あとでこっそり泣いた。



あとから、あんな言葉なんて気にするなと本人に言われた。

いつも適当なことしか言ってない。

思ったことをなんとなく言っただけ。

そんなことを真に受けるなと。



そんなバカな話があってたまるか

いじめの度合い

今思えば、受けたいじめは世間に比べてはましな方だったようだ。


当時の別のクラスの子は、靴や服を濡らされたり、捨てられたりして学級裁判だかになっていたらしい。


テレビでは、想像を絶するいじめも存在していた。



いじめのなかで、もっとも狂気を感じたことはといえば、ロッカーに針が数本入っていたことぐらいである。

こればかりは先生に報告すべきかとても悩んだ。これほどの異常が今後何をもたらすのか怖いったらない。


ただ、ロッカーには名前がなかった。

本当に当人を狙ったのか、ゴミとして捨てたのか確定できない。


仕方なく同級生にそれとなくこの話題をふってみた。

シリアスはどうも苦手で、明るい感じに。

この頃にはいじめも慣れたものだった。


相談した結果、先生には結局話さなかった。

間違いかもしれないし、今後何かあってから、ということにして。


その判断が正しかったのかはわからないが、幸いその後は何もなかった。


ちなみに針はしっかり拝借させてもらったのだが。


さて、あれは本当に何だったのか。



本当に何もなくて幸いだった。


もしも、テレビのようないじめにあっていたら、一体どうしていたのだろう。


むしろ、いじられてると言われてしまうものばかりかもしれない。

だけれども、世間をまだ知らない子どもの頃の出来事なんて、きっと自分の物差しでしか計れないだろう。

相手が強いとは限らない

いじわるする子にもいわゆる理由があるだろう。

面白いから。気にくわないから。


相手が弱いと思ってるから。


と、同様にいじめられている子も当然のように、いじめてくる子が強いと思う。


暴力ができるから。拳が痛いから。自分を見下すから。

反撃するなんて思いもつかない。


ところがどっこい。おどろくことがおきた。


男の子が殴るふりをしてからかってきた。

怖がる姿が滑稽だったようで笑われた。


こっちに来ないでほしいと、前にだした手に何かが当たった。

味わったことのない感触に驚いて目を開ける。

そこには、先程までからかっていた男子が倒れこんでいた。

こっちは一歩も動いてなかったのに、なぜか近づいてしまったのだろう。顔のあたりを押さえていた。

そして大泣きしたものだから、騒ぎになってしまった。


本当に衝撃だった。


何度もなぐってきたくせに、たかが一発で。

こちらは一度も泣いたことなかったのに、大泣きで。



なんだ、こんなに弱かったのか。



日常的にいじめられていたのに、こんなことが騒ぎになって。

向こうが悪いのに、こっちが謝ることになった。


非常に不服だったが、好きな先生からうながされて謝る。

謝りもしない相手とは違うのだ。


それからその子はいじめなくなった。



本当に幼い頃の話である。

ゆえに、相手はふざけていたから軽く殴っていたのだろう。それでも痛かったけど。

対してこちらは身を守るために全力だった。そりゃあ痛いだろう。顔だし。


だけど、事実なんてわからない。

そんなことを子供の頭で考えられるはずもない。


ただ、その時が運命の変わり目だった。


いじめっ子を怖いと思わなくなった。

相手をいじめることで、優位にたとうとしているだけだ。

私は大声で歯向かうようになった。

思い通りになってたまるかと。